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富樫勇樹
千葉ジェッツ#2
プレーもハートも規格外のでっかい男

 2020年10月2日、Bリーグの2020-21シーズンが開幕しました。
 Bリーグのサポーティングカンパニーを務めるハウスメイトでは、開幕に先立ってBリーグ選手5名にインタビューをおこない、バスケットボールに対する熱い思いや、2020-21シーズンに向けての意気込みを伺いました。バスケットボールファンの方々はもちろん、あまり試合をご覧になったことがない方も、ぜひBリーグや選手の魅力にふれてください。

千葉ジェッツ富樫勇樹

15歳での大きな挑戦

 身長167センチ。平均身長約190センチのBリーガーのなかで、富樫勇樹は異質ともいえる存在だ。日本バスケットボール界を牽引するポイントガードで、日本代表チームでは中心選手として活躍。その歩みを振り返ると、富樫は身長のハンデをものともせずに大きな挑戦を続けてきた、でっかい男だということがわかる。

「これまで一番印象に残っている試合は、アメリカの高校に留学したときの初戦です。といっても、その試合がうまくいったわけではありません」

 中学時代、地元新潟の本丸中学で全中優勝を成し遂げた富樫は、進学先にバスケットボール名門校として知られるアメリカのモントロス・クリスチャン高校を選んだ。15歳での単身留学は、「わりと軽い気持ちで決めた」というが、実際にアメリカでプレーすると、レベルの違いに驚いたという。

「選手の体の大きさが日本とはまったく違いますし、当たり前ですが観客もアメリカ人ばかり。本当にここでバスケをするんだ……と、ちょっと怖いような気持ちになったことをよく覚えています」

 英語は中学生のときから苦手。シャイでコミュニケーションもうまくとれなかった。練習でも最初はボールが回ってこないなど苦労し、試合に出場しても考えすぎてうまくプレーできない。しかし、このレベルでやり合えるようになりたいと前を向き、強いチームで揉まれているうちに、「最後には普通にプレーができるようになっていた」のだという。

「アメリカでの3年間で、バスケのスキルは大きく伸びたと思いますが、それ以上に変わったのは性格です。言語も文化も違う国に暮らし、一人でいろいろやっていくことで、明るくなったり、積極的になったりと、バスケに限らずさまざまな面で成長できたと思います」

 ポイントガードというチームの司令塔を担うポジションについても、得難い経験をした。

「アメリカでスキルを磨こうと努力を重ねていたときに、監督に呼ばれて『ポイントガードの仕事は、なんだと思う?』と聞かれたんです」

 その答えは、個人プレーのスキルを発揮することではなく、チーム全体のコミュニケーションを取り持つことだった。

「ほかの選手とコート内でやり取りするだけではなく、監督やコーチ、スタッフも含めて、ポイントガードがチームの中心となって発信し、コミュニケーションを取ることが大切だと教えられました。僕がいま、プロとして実践していることのなかでも、本当に大切な心がけになっています」

小柄な選手でも活躍できることを知ってほしい

 刺激的だった高校生活を終えると、アメリカの大学から希望を満たすオファーを得られなかったこともあり、日本に戻ってbjリーグ(当時)のクラブに入団。1シーズン半の在籍のなかで複数の個人タイトルを獲得し、さらなる成長を実感すると、再びアメリカに向かった。NBAへの挑戦を表明し、ダラス・マーベリックスのチームキャンプに参加したのだ。キャンプからサマーリーグ(シーズンオフのトーナメント戦)へと続く厳しい競争を勝ち抜き、ついには日本人2人目となるNBA契約選手の座を獲得。マーベリックス傘下のテキサス・レジェンズでプレーし、圧倒的な体格を持つ選手たちを前に、「スピードやシュートといった持ち味を出せた」と存在感を示した。

 その後、怪我もあって帰国すると、Bリーグの発足を契機に千葉ジェッツに加わり、押しも押されもせぬエースとして君臨。現在はチームのリーグ初制覇を狙いながら、日本代表としての活動にも注力している。

「NBAでプレーする八村塁や渡邊雄太のように、身長が大きく伸びる選手は限られています。バスケをがんばる子どもたちに、小柄な選手でも活躍できることを知ってもらうため、1年でも長く代表チームにいられるようにしたいですね」

 2019年には日本人初の1億円プレーヤーとなり、記者会見を開いて話題を集めた。

「プロ選手にとって金額は評価そのものですから、もちろん嬉しかったのですが、記者会見を開くことには戸惑いもありました。しかし、167センチの選手が自ら伝えることで、ほかの選手が同じことを伝える以上に、なにかを感じてもらえるのでは……と、たくさんの人が背中を押してくれました。Bリーグという舞台に子どもたちが夢を感じてほしい、という願いを込めて会見したんです」

 富樫が19歳でbjリーグに入ったときは、半年で100万円の契約だったという。

「かつて日本のバスケはリーグが2つあり、代表チームが世界大会に出場できないなど、なかなか夢を持ちにくい環境でした。僕たちや少し上の世代の人たちのなかには、バスケでは食べられないから普通に就職しよう……と夢を諦める人も珍しくなかったんです。しかし、Bリーグができてからは、格段に環境がよくなりました。もともと日本のバスケは競技人口が多いので、B リーグがもっと発展すれば、代表チームのレベルが高まったり、NBAに挑戦する選手が増えたりすることも期待できると思います」

 バスケットボール界の発展にプレーヤーとして真摯に取り組む富樫だが、自身のプレーにおいては、とにかく楽しむことをモットーにしている。

「僕は本当にバスケが大好きで、いまも友達と公園でプレーするくらいの感覚で試合に入れています。もちろん、プロとして試合に勝たなければいけない、活躍しなければならないという責任もありますが、それが二の次になってしまうほど、毎試合を楽しみにしているんです」

 エースの役割を果たすという緊張感を持ちながらもバスケットボールを心から楽しむことで、パフォーマンスが最大限に引き出されるのだという。ここに到るまで苦難もたくさんあったが、「バスケを嫌いになったことは一度もない」と言い切る富樫は、やっぱり規格外のでっかい男なのだ。

プロフィール

富樫勇樹(とがし・ゆうき)
1993年、新潟県生まれ。167㎝、65kg。米モントロス・クリスチャン高校を卒業後、bjリーグの秋田ノーザンハピネッツに入団。2014年に日本人2人目となるNBAチームとの正式契約を果たす。15年からはBリーグの千葉ジェッツに所属し、リーグ初年度よりレギューラーシーズンベストファイブを欠かさずに受賞。2018-19シーズンはシーズンMVPにも選ばれた。

 
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