【名作ゆかりの温泉宿】 LIFE+1

2022年5月19日

~島崎藤村父子が幸せな旅の思い出を紡いだ宿~
鳥取県 岩井温泉
明石家

いまから95年前の夏、作家・島崎藤村は次男・鶏二と共に山陰地方を旅し、『山陰土産』という作品を残しました。12日間の道中で泊まった宿は7軒、うち温泉宿として描かれているのは、城崎、岩井、三朝で宿泊した3宿です。そのなかで、唯一、お湯についての描写があるのが岩井温泉「明石家」(当時は「明石屋」)。どんなお宿でお湯なのか、山陰本線に乗って出かけてきました。

山陰本線の車窓。トンネルを抜けると美しい海岸や漁村風景が広がる。

「木曽路はすべて山の中」という書き出しで知られる島崎藤村の代表作『夜明け前』。この大作に取り組む前年、昭和2年に発表されたのが大阪朝日新聞連載の紀行文『山陰土産』だ。一度も足を踏み入れたことがなかった山陰地方へ、19歳の息子と一緒に旅をし、その体験を紀行文にしたためた。

父子は大阪から福知山線を経由して山陰本線へと入り、和田山、豊岡を経て城崎まで7時間かけてたどり着く。今なら同路線を走る特急列車で3時間半。鳥取にも島根にも各県2カ所ずつ飛行場があり、思えば山陰も近くなった。しかしこの遠さこそが、藤村を山陰の旅へと誘ったのだろう。

宿の最寄り駅・木造駅舎の岩美駅。駅名は当時の総理大臣・桂太郎の命名。

島崎藤村は当時55歳。すでに全国に知られる有名作家であった。大阪を出立する7月8日の朝刊には「藤村氏父子の山水行脚、けふ山陰城崎を振出しに旅行記は近く本紙に発表」と予告記事が掲載された。

有名作家がやって来るということで、各地では多くの人が出迎え案内役を買って出る。城崎でも宿の若主人らが、次の宿泊場所である岩井温泉まで父子を送り届けている。

岩井温泉へは山陰本線岩美駅より車に乗り換えて向かう。駅舎は当時と同じ木造駅舎。藤村父子が降り立った昭和初期には岩美駅から岩井温泉まで軌道列車が走り、10数軒の温泉宿が軒を連ねていた。1200年の歴史を伝える鳥取最古の湯・岩井温泉が最もにぎわっていたころである。

一直線の街道沿いに立つ明石家(写真右側)。老舗の風格が漂っている。

「近くに銅山があり、置屋や芸者さんも数多く、本当ににぎやかだったと聞いています」。藤村父子が宿泊した明石家の主人・山本潤一さんが話してくれた。明石家はいまから約400年前、兵庫の明石市から岩井温泉へ移り住み、湯庄屋として温泉宿のまとめ役などを務めてきた。岩井温泉のみならず鳥取県きっての老舗宿である。「藤村先生がいらした7年後に、残念ながら火事で温泉街が全焼してしまいました。いまの道路が広くて真っ直ぐなのも火事対策なんですよ」。

火中よりご先祖様が大切に持ち出したものの一つが揮ごう帳。明石家に宿泊した文豪らの手による墨書が収められている一冊だ。藤村が書いたページを見せていただいた。「おもふこと」から始まる芭蕉門下の狂歌。これは藤村の十八番の一つだったようで、別の宿でもこの歌を揮ごうしたことが知られている。

現在の明石家は昭和10年代の建物。木造3階建てで、破風ののった玄関屋根やレトロな階段など、堂々とした風格と和風情緒が合わさり、藤村が泊まったころもこんな風だったのではないかと思われる。宿泊したのは2階裏手の部屋。月明かりを楽しみ、木曽や東京にいる家族に手紙を書き、蚊帳を吊った布団で息子と2人、枕を並べて眠っている。「湯も熱かったが、しかし入り心地はわるくなかった」と書いてある温泉にも、息子と一緒に入ったのかもれない。

昭和2年7月9日、島崎藤村が明石家でしたためた歌。

藤村父子が泊まったころの明石家。

今回、取材で宿泊したのも2階裏手の客室。大きな窓からは野趣に富んだ庭が眺められ、奥にはこんもりと丸い山の景色が見える。月はあの山のあたりからのぼってくるらしい。夜になると風の音だけが聞こえてくる。本当に静かだ。お湯は当時よりはぬるめになっているのだろう、長く入っていられるぐらいの適温で、ほのかに温泉香が漂う肌なじみのいい泉質だ。

藤村たちもそんな静かな夜を過ごしていたのかと思っていたところ、実際には「岩井の宿は騒々しくて閉口した」と地方紙の記者に話していたのだそうだ。大きな宴会でも入っていたのだろうか。けれども明石家での描写から浮かんでくるのは、蚊帳の中で、息子と過ごすささやかな幸せの時間だ。

昭和40年代に作られた鳥取県初の露天風呂。20時〜22時は女性専用時間に。

本間8畳の標準客室。縁側や踏み込みがありゆったりとした造り。2階にある裏手の客室からは庭も眺められる。全室シャワートイレ付き。

朝夕食とも客室で。地元魚介を中心にしたおいしい和食がいただける。

取材時のやきものは地元でも貴重な「モサエビ」。身がしっかり詰まっていてこれは美味!

藤村は最初の妻を早くに亡くした後、若い姪と恋仲になり、その騒ぎから逃亡するためフランスへと渡る。父も姉も狂死し、7人いた子どものうち3人を栄養失調で亡くしている。暗さに満ちた人生だが、それを作品として昇華していく力には驚かされる。残された4人の子どもたちは親戚に預けられるなどしていたため、父・藤村との思い出は少なかったと考えられる。旅に同行した次男・鶏二にとっても、山陰の旅は父と二人で過ごせた貴重な時間だっただろう。

藤村の筆が伝えているのは、そんな心の内をすくい取った良き旅情なのだろう。月の光が差し込む「蚊帳の中」は、周りの喧騒とは関わりのない、おだやかな幸せに満ちていたはずだ。そして現在の岩井温泉は、宴会などの騒々しさはなく静けさに包まれている。

「しずかな田舎の街道」に沿ったのどかな温泉地。

周辺には御湯神社をはじめ寺社が多くお散歩も楽しい。

この旅がきっかけになったのか、息子の鶏二は後に、繊細な父・藤村の秘書的な役割も果たした。藤村が71歳で亡くなった1年後、従軍先のボルネオで飛行機事故のため37歳で戦死した。息子が挿絵を描き、父が旅の思い出を綴った『山陰土産』には、父と息子の幸せな時間が刻まれている。


明石家

鳥取県岩美郡岩美町岩井536
TEL.0857-72-1515(8時~22時)
【アクセス】
・JR山陰本線 岩美駅より路線バス10分の岩井温泉下車、徒歩すぐ
・鳥取自動車道 鳥取ICより約24km、播但連絡道路 和田山ICより約72km、大阪市街より約190km
https://www.akashiya.to

【泉質データ】
透明で艶やかなお湯で、鼻を近づけるとぷんと温泉香がある。カルシウム・ナトリウム―硫酸塩泉。弱アルカリ性でやわらかな肌触り。男女別内風呂は源泉かけ流しでひと晩中入浴できる。混浴露天風呂(女性専用時間あり)は循環かけ流し併用。別料金(45分2200円)で貸切り露天風呂も利用できる。
【宿泊データ】
1泊2食1万6650円~、温泉露天付き客室もあり2万5450円~。岩がきプラン(6月~8月)、白いかプラン(8月~10月)など季節や好みによりさまざまな料理プランがあるのも楽しみ。
【日帰りデータ】
900円で男女別浴場に入浴できる(15時~20時)。宿泊客の状況などにもよるため事前に確認を。


島崎藤村『山陰土産』

大阪朝日新聞社からの依頼で1927(昭和2)年7月8日から12日間、山陰地方を旅し、その紀行文を7月30日より37回にわたって新聞に連載。昭和2年10月に『名家の旅』(朝日新聞社)というタイトルで著名人4名の旅行記をまとめた書籍が出され、昭和4年には改造文庫から『山陰土産その他』として熱海や伊豆など藤村の紀行文をまとめた文庫本が出版された。書籍では画家を志す息子・鶏二による挿絵が掲載されている。現在、青空文庫や国立国会図書館デジタル版で全文を読むことができる。
(写真:国立国会図書館デジタルコレクションより)

 

 


温泉ライター 西村理恵

雑誌やテレビなどで温泉の魅力を発信。入湯数は国内外で1000湯以上。日本温泉地域学会常任理事、(公財)中央温泉研究所理事。「ねこ温泉 いぬ温泉」プロジェクト主宰。
https://catdogonsen.com

 

※価格には、消費税、入湯税が含まれています。
※新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、お出かけの際は各自治体などの最新情報をご確認ください。

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