くらしの情報箱
2026.03.26
“家守”が支えた江戸暮らし。利他に徹し、治安を守る!
ここに一冊の資料があります。令和三年度研究資料「『地主と家主と差配人』―江戸から明治の不動産売買と管理―史料研究(日管協総合研究所)」と題したこの文献には、136ページにわたり、江戸から明治にかけての不動産売買と家守の変遷がつづられています。
この資料が作られるきっかけになったのは、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会の監事を務める藤之原正秋さんが発見した三冊の古い本でした。いずれも江戸・明治の時代に書かれたもので、藤之原さんが手に取るまで、資料室の片隅でひっそりと眠っていたのです。
※「家守」とは、江戸時代の大家のことで、長屋の持ち主である地主から経営を委託された地主代理人のことです
(編集者 吉松こころ)
図書館で眠る古本
まずは、三冊の本を紹介しましょう(写真は原本のコピー)。
①『地面買求候砌心得』嘉永元年 喜多村嘉富(江戸東京博物館蔵)
江戸時代における土地を買う時の手続きや注意すべきこと、心得を記しています。明治の時代まで続く、大地主だった喜多村嘉富氏が、子孫のために書いたとされる本です。

②『万民必要差配之心得』明治10年(国立国会図書館蔵)
土地や店子を管理する差配人(いわゆる管理人のことで家守ともいう)の心得について書かれたものです。「差配人の役目」は、「戸籍の部」と土地に関する「地所の部」など4つに分けられ、その役割が細かく記されています。

③『家守指南鍼』安政4年(国立国会図書館蔵)
指南鍼とは指針書と言い換えてもいいでしょう。いわば、江戸時代における家守のための業務マニュアルのようなものです。

もともと古いものが好きだったと話す藤之原さんは、江戸時代の古地図収集に勤しんでいました。知識が増え、古文書も読めるようになると、その興味はだんだんと広がっていきます。

時間を見つけては、神保町や神田の古本屋、江戸にまつわる文献の多い資料館を巡り、沽券図や不動産について書かれた本を集めるようになりました。冒頭の三冊を手にした時は、まさに心が震えた瞬間でした。
「江戸の土地売買の実情がわかるかもしれない!そして、江戸時代における大家業の役割を学ぶことは、現代に生きるオーナー様たちにとっても役に立つはず」
その後はひたすら館蔵される国会図書館と江戸東京博物館を行き来し、原本のコピーを取る日々が続きます。コピーを取り終えると、製本して今度は翻訳です。古文書を読めるとはいえ、初めて見る字や難解な字も次々と出てきます。辞書で調べたり、辞書にないものは前後の文脈から類推したりして、翻訳を続けました。完成した時は、初めて本を見つけてから一年が経過していたといいます。
寝食を忘れてコピーと翻訳に明け暮れた藤之原さんですが、思いがけず、いやどこかで期待をしていた言葉にたどり着きます。
それは、三冊目の『家守指南鍼』の「序」と「後跋(最終章)」にありました。「後跋」は内容が良いので原文のままご紹介します。
〈序〉
家守の職を務める者はひたすら町の公用に励み、自分の利益にとらわれてはならない、とらわれるときはおのずから役目がなおざりになるものである。別に家業があり、その余力で家守を務める者が多いが、家守は町の公用をおこたらず、余力をもって家業を精出し、家族を扶助すべきである。
〈後跋〉
(前略)家守を勤る者はたとへ卑賤といへ共、その家守たれば尚然るべきなり。 (中略)日々自己の意に心得べきなり、風烈には其地をしめし、朝訴のうれひなからんがため、諸事に心を配り、破損(修理、修繕)之見聞を遂げ、其地に住いたるもの、安堵せしめ、是に加るに慈愛を以て、子を撫育せる意を用ひば、人みな是になつき、自然と公朝(お上、奉行所)之魁鐸を守り、家守の達しを背かざるに至らば、異なく変なく是地主の本懐なるべし。
家守の高い志
要約すると、「家守はひたすら公のために尽くす仕事である。自分の利益にとらわれず、様々な面に気を配り、店子を安心させることが勤めである。慈愛を持って接することで、店子たちからも尊敬され、それによって町の治安も維持される」と、大家業についての心得が書かれていました。
ほかにも新しい発見がありました。それは入籍届や出産届、死亡届などにハンコを押すのも家守の仕事だったということです。家守が、店子のためにその保証や責任を負っていたのです。つまり、店子にとって家守は親も同然の存在でした。

藤之原さんは言います。「家守を名乗る人々は、こんなに高い志を持ち仕事をしていたのです。その事実を知り、私は自分の仕事にさらに誇りを持てるようになりました。この一節に出会えたことは、本当に幸せなことです」
この三冊の本を元に、賃貸管理会社が集まる業界団体、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(本部:東京都千代田区)は、令和三年度の研究資料としてまとめることを決めました。そうしてできあがったのが、冒頭に紹介した「地主と家主と差配人」だったのです。

国会図書館で膨大な量の『家守指南鍼』を手に、翻訳をしたいと申し出た時、職員からはこう言われました。
「この資料をコピーしたいと言われたのはあなたが初めてです。」
「あのまま放っておいたら、こうした家守の志も仕事に対する情熱も、一部の研究者の方だけが知り得ることで、表舞台に出ることはなかったと思います。私は家守の歴史を、今不動産に関わるすべての人に知ってほしいと思います」(藤之原さん)
現代の少年法の基礎を作った
明治時代の懲治監入願
放蕩無頼(品行が良くないこと)の子供を、非行から守る最後の手段として、明治の始めに、懲治監という施設ができました。
「司法省監獄局第九回統計年報」にその受刑者についての興味深い統計があります。それは、幼年未成年の新受刑者の生育(育ち方)についての調査です。
これによると、受刑者全7,621人のうち実父母の手に育てられた者は6,920人で、他人の手が999人、親族などその他に育てられた者が602人となっています。つまり、実父母の手に育てられた者ほど、放蕩者が多かったことがわかります。
また、貧富についての調査もあり、結果が記されています。「資産がある者、やや資産がある者」が423人だったのに対して、「資産なき者・赤貧の者」は7,218人でした。貧富の格差では圧倒的に「資産なき者・赤貧の者」が多く受刑者になっていることがわかります。
貸し長屋の居住者は「資産なき者・赤貧の者」が多数であったことを思えば、貸長屋を差配した家守という職業の大変さが理解できます。
監修:公益財団法人日本賃貸住宅管理協会 監事 藤之原正秋さん
取材・執筆:株式会社Hello News
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