くらしの情報箱
2024.11.14
【大家は、何を売っているのか。】①大家業はダイヤ業
執筆者:吉松 こころさんのご紹介
19歳で鹿児島から上京し、2003年に「週刊全国賃貸住宅新聞」に入社。
広告営業や編集業務を経て取締役に就任し、2014年に退職。
その後は12年間の記者生活で全国の賃貸管理会社や建設会社を取材して回る。
2014年からは62日間の世界1周1人旅に出発し、各地の不動産マーケットを視察。
2015年に株式会社Hello Newsを設立し、不動産や建設業界の人々を取材し続けている。
プロフィール
ハウスメイトパートナーズ発行「Owner’sWay」編集長
株式会社パルマ 社外取締役
一般財団法人KILTA 理事
週刊新潮、週刊アエラ、月刊ファクタなどで記事を執筆
引越し回数22回
3年間の二地域居住経験あり(東京・福岡)
民泊宿泊750泊
シェアハウス3ヶ所
マンスリーマンション2ヶ所
大家さんには2つのタイプがある。
1つ目は現状維持で、このまま家賃収入を得ていこうとする人々だ。2つ目は、知恵を絞り、家業を超えて事業にしていこうとする人たち。こうした人たちは、大家業の地位さえ高めようと行動する。私に言わせれば、家業の前に「大(ダイ)」の字をつけ、大家(ダイヤ)と読みたい。つまりきらりと輝くダイヤ業である。
けれども、21年間の取材を振り返ると、圧倒的に多いのは前者である。私は、「ざんねんな大家」と呼んでいる。特段の意欲もないまま、相続で親から不動産を引き継いだり、建設会社や不動産会社の勧めるがまま、億単位の借金をしてアパートを建てたりと、経営者の自覚なしに大家になった人たちだ。
ベートーヴェンは、56歳の生涯で79回引っ越しをした。江戸時代の葛飾北斎は、90歳で亡くなるまで93回も住まいを変えた。私も19歳で上京してから、20回引っ越しをしてきた。それは家が変わるごとに、階段を登っているような気持ちがあったからだ。新しい部屋や街に出会うたびに、自分の道が拓けてきた。そしてその道の傍にはいつも、面白い部屋を貸してくれる大家さんがいた。家賃以上の価値を感じられる場所があった。
――彼らが私に与えてくれたのは、何だったのだろう。
「ああ、あの人がいる」
思い浮かんだのは、神奈川県川崎市で5棟66室の賃貸住宅を経営する越水隆裕さんだった。越水さんは、この12年間、毎月第1土曜日の朝8時から9時までの1時間、地域のゴミ拾いをしている。37歳で始めた時は1人だったが、今では毎回20人くらいが参加する街の行事になっている。私も2度参加したことがあるが、学生、子供、不動産会社の社員と顔ぶれはさまざま。普段は不登校だが、この時間だけ出てくるという女子高校生も来ていた。1時間歩き回り、ジワリ出た汗を拭いていると、すれ違った人が、「お疲れ様」「ありがとうね」と声をかけてきた。
――なぜ越水さんは、ゴミ拾いをするのだろう。
「自分の持っているアパートをリフォームしていくら綺麗にしても、街がゴミだらけだったら人は住みたがらないでしょう。この街に住みたいという人が増えないと、僕の商売もあがったりなんですよ」
そして「なんかいいことしてるって感じもいいでしょう」と、スケボー少年が被るようなつば広の帽子を取って笑った。
越水さんは、毎月ゴミ拾い前日の夜、街を歩いて一番ゴミが落ちている道を探し、翌日のルートを決める。それは、ゴミをたくさん拾いたいからではなく、ゴミが多いほうが拾う人たちの達成感が上がり、また参加したいと思ってくれるからだという。
「大家は街の広報部長だと思っています。この街はいいよって自信を持って言えるようにしたいから」
愛知県豊明市で300室近い賃貸住宅を経営する村瀬裕治さんは、所有する賃貸マンションの駐車場を歩き回った後、しばらく立って考えていた。
「ほとんどの車が停まったままだぞ。ひょっとすると、24時間の中で動いているのは1時間か2時間くらいじゃないのか」
豊明市は典型的な地方の車社会で、多くの家庭が夫婦1台ずつ車を持っている。しかし、2台のうち1台は、夕方のお買い物や子供のお迎え、通院等に使用されるだけで、大抵は駐車場に置かれたままだ。
それならばと、村瀬さんは、自ら車を3台購入し、「入居者の方であれば車の鍵さえ取りに来てくれたら自由に使っていいですよ」と打ち出した。しかも利用料は無料。ガソリン代も大家持ち。こすって傷をつけても小さなものなら目をつむるとまで言ったのだ。すると次々2台目の車を手放す入居者が出てきた。
「たった1時間しか乗らなくても、車があるだけで駐車場代に保険代、車検代、ガソリン代がかかります。私のマンションに住む人たちの世帯年収は平均すると380万円程度ですから車を維持するだけでも大変な負担なんです」。さらに村瀬さんは続ける。
「私は大家ですから、入居者さんの年収を上げることはできません。しかし可処分所得なら増やしてあげられると考えて、車の無料貸し出しを思いついたんです」
3台の車種は、ぐるりと駐車場を回って1台もなかったメルセデスベンツ、BMW、アウディに決めた。サービス名は、頭文字を取って、「MBAクラブ」に。中には、ベンツを借りて、彼女の家に結婚の申し込みに行ったことを嬉しそうに報告してきた若い男性入居者もいたと話した。
村瀬さんはデレっと表情を崩して言った。
「可処分所得が増えれば、私にとってもいいことがあるんですよ。大家にとって一番のリスクである滞納を防げるでしょう?」
村瀬さん、越水さんに共通することは、所有する賃貸住宅が満室であろうと、新築であろうと関係ないということだ。彼らはいつでも、次にどんな手を打つか、考え続けている。
考えもなく現状維持をすることは停滞することだ。
ソニーの元副社長で、ウォークマンを開発した大曽根幸三氏は、こんな言葉を残している。
〈現状維持はジリ貧に通じる〉
大曽根氏が常々後輩エンジニアに伝えていた肉声を、部下がまとめていた。その『ある副社長の語録』にある言葉だ。彼はこうも言っている。
〈新しい技術は、必ず次の新技術によって置き換わる宿命にある。自分がやらなければ他社がやるだけのこと〉
変化こそが、革新者の常態なのだ
越水さんと村瀬さんの2人には、ダイヤ業という言葉を差し上げたいと思う。彼らは人を喜ばせることで利益を得て、自分もまた幸せになっている。大家業とは、そういう仕事なのだ。
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